連載第4回

July 20, 2008

 テクラニカリバーを渡るために、30分近く歩き回ったが、結局増水しているために川を渡ることを断念せざるを得なかった。ウォレスさんによれば、無理をすれば渡る事はできるが、帰ってくることができないとのこと。白波が少し立っている場所は石があり、浅瀬になっているが、その流れに乗っていくことはできても、逆らうことができないからだそうだ。「次は冬に来い。2時間でバスまで連れて行ってやる」とウォレスさんは笑う。
 アラスカで出会った人々に比べると、ウォレスさんは、無骨で、正直とっつきにくかった。マッカンドレスへの辛辣な言葉、ガイドとは言え自分から話しかけることなどほとんど無い寡黙さ。滅多に他人に会うことの無い生活だからだろうか。しかし、真剣に人の話を聞く態度、アラスカの地について解説する話ぶりを聞くにつれ、少しずつこちらの思いが氷解していく。自然を相手にしていると、うまく話す必要などどんどん無くなっていく。あそこの石を見てみろ、水の泡立ちを、樹の生え方を、熊の糞を、雲の動きを……。
 ウォレスさんが語ったマッカンドレスへの「もったいない」という言葉には、きっとこの自然の動きに対して、あまりに性急に自分の意思を通そうとした若者に対する残念さが滲み出ているように思う。生まれてから今まで、人と話すより、ムースと出会うことの多い暮らし。彼の眼から見れば、自然は生活の場であり、冒険の対象ではない。だが、それでも荒野は、ウォレスさんを正直で、「人間らしい」人物へと成長させたのではないか。ほんの少しの会話から、成長の背景まで思いを馳せてしまう人物とは、なかなか出会えない。目前の大したことの無い流れに見えるテクラニカリバーが、マッカンドレスという若者の人生を左右した特別な場所だったから、思わず自分が感傷に浸ってしまったのだろうか。
 川を渡れなかった帰り道、6輪バギーを度々止めて、ふかふかした蘚苔類や地衣類が地表を覆うツンドラの荒野を歩いてみた。冬季に極寒の世界になったとしても、雪が降り積もることで逆に暖かく保たれ、翌年まで枯れることなくツンドラの植物たちは、命を繋ぐ。「夏のアラスカは天国だ」と多くのアラスカンが語った豊饒の地の姿を、踏みしめる。次は、マッカンドレスが旅した冬、真っ白の世界を歩いてみたいと思った。そのときには、テクラニカリバーも氷で硬くなり、バスまで辿りつけるはずだから。
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村岡俊也(旅人・文)
中央大学法学部卒業後、ライターに。雑誌「BRUTUS」「BRUTUS TRIP」等で活躍中。

米谷亨(旅人・写真)
日本大学芸術学部卒業後、カメラマンに。雑誌「BRUTUS」、「FIGARO VOYAGE」等で活躍中。